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歴史学研究会(編集)「巡礼と民衆信仰」2007/06/10 09:00:00


歴史学研究会(編集)「巡礼と民衆信仰」青木書店(1999年)

今回は珍しく新刊で購入した(出版年は1999年ですが)本の感想です。

地中海世界史というシリーズの第4巻で、シリーズの目的は、ヨーロッパ史やイスラム史といった分野ごとに語られることが多い歴史を、地中海世界の歴史として、統一的に捉えようとするものです。

本書では、地中海世界の宗教に見られる特徴的な宗教現象「巡礼」を扱っています。ユダヤ教については序章で触れられるのみですが、その後の各章では、キリスト教(古代教会、カトリック、東方正教)、イスラム、さらにはドゥルーズ派まで、宗派は勿論、時代も、地域も異なる「巡礼」を、それぞれの専門家が、多面的に論じています。

一見すると、統一感の無い各論の集まりのようですが、全体を読み進めば、一般に対立の歴史と見られているキリスト教やイスラム等の諸宗派の関係が、「巡礼」という宗教現象を通して見ることにより、全く異なったものに見えてきます。時には互いに影響しあいながら、民衆信仰にとって重要な行為としての「巡礼」を共有する宗教として、過去から現在まで多くの共通性を有することが分かります。

地中海世界における諸宗教の歴史を、対立ではなく、「巡礼」という民衆信仰の価値の共有の歴史として捉えなおすことは、単純な「文明の衝突」は不可避といった考え方が、いかに一面的な捉え方であるかを知ることでもあります。日本人にとってもなじみのある「巡礼」という宗教行為が、多くの宗派の民衆の信仰心と深く結びついており、相互理解の鍵になるうるのではないかという希望が見えてきます。

しかし一方では、「巡礼」という価値を認めない、北方ヨーロッパで生まれたプロテスタント・キリスト教の特異性も明らかになってきます。このプロテスタントの厳格性、排他性が、現在のヨーロッパ(というよりアメリカか?)とイスラムの対立の背景にある要素なのかも知れません。

「巡礼」という一つのテーマが、歴史の捉え方に様々な刺激を与えてくれる、非常に興味深い本でした。