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ヴァンサン・モンテイユ「ソ連がイスラム化する日」2007/12/01 19:50:00


ヴァンサン・モンテイユ「ソ連がイスラム化する日」中公文庫(1986年)

入手にかなり手間取りましたが、神田の古書店で発見。

なんとも「際物的」なタイトルですが、原題は「ソビエトのムスリム」です。日本語訳の出版当時(1983年)、話題となっていた、カレル=ダンコース「崩壊した帝国-ソ連における諸民族の反乱」新評論(1981年)の二番煎じを狙った出版社の意向で、タイトルが決められたようです。

原著の初版は1957年で、本書は1982年の改訂版の翻訳です。1957年という時点で「ソビエトのムスリム」に注目した原著者の慧眼には全く感心させられます。改訂版の本書も、現地での調査や資料収集が困難な旧ソ連体制化で、地道に資料収集を積み重ねて、ソビエトのムスリムの状況を概観している点に大きな価値があります。

また、最終章はソ連の国境を越えて、トルコ、イラン、アフガニスタン、中国(東トルキスタン)にまで分析を進めており、「中央アジアイスラム圏」全体を見通すという、おそらく当時としては、斬新な視点を提供しています。

以上のように、内容は非常にアカデミックな調査報告で、読み物として楽しむものではありませんが、本書における「ソビエトのムスリム」の状況は、現在の中央アジアイスラム圏を知るための基礎資料として、今後も欠かせないものになるのではないでしょうか(再刊の望みはほとんど無いとは思いますが…)。

【復刊ドットコム復刊リクエストページ】
ヴァンサン・モンテイユ「ソ連がイスラム化する日」中公文庫

川又一英「エチオピアのキリスト教―思索の旅」2007/12/08 04:19:47


川又一英「エチオピアのキリスト教―思索の旅」山川出版社 (2005年)

世界でも最古のキリスト教国の一つであるエチオピアの伝承によれば、かつてエルサレムのソロモン神殿に納められていた聖櫃(アーク)は、その後エチオピアに運ばれたとされており、それは現在もエチオピアに在るといわれています。

この聖櫃をめぐって、著者はエチオピア各地を旅します。岩の教会の降誕祭、教会の古写本、古代ユダヤ教との繋がり、そして聖櫃の巡幸する祭りへ。旅行者的体験記も交えつつ、キリスト教徒(正教徒)である著者自らの宗教的体感を語ります。宗教行事の第三者的な観察や、いわゆる紀行文ではありません。著者とともに「思索の旅」に出るための一冊。

なお本書は、著者の没後に書斎から発見された遺稿とのことです。

ガートルード・ベル「シリア縦断紀行」(1)(2)2007/12/22 05:12:09


ガートルード・ベル「シリア縦断紀行」(1)(2)(東洋文庫)平凡社(1994年)

英国人女性G.L.ベル(1868-1926)による、1905年春の、エルサレムからアレクサンドレッタ(現トルコ領イスケンデルン)までの、2ヶ月余り、千数百キロに亘る単身(!!)の旅の記録です。

ベルは、後にイラク建国に深くかかわるなど中東で活躍したことから「アラビアのロレンスの女性版」とも呼ばれています(実際は、ロレンスよりベルの方が20歳年長であり、先に活躍していたので、ロレンスが「ベルの男性版」と言った方が正確)。

当時のベルの関心は考古学にあり、旅のルートも各地の古代遺跡を巡ることから決められたようですが、本書の面白味は考古学だけにあるわけではありません。

本書の魅力は、ベルが、シリアの自然や出会った人々を、あたかも「馬の首にビデオカメラをとりつけてでもいたかのように」(訳者後記)生き生きと記録していることにあります。

自然や気候の描写も良いですが、特に、遊牧民の族長のテントに招かれての会話や旅を同道する雇用人との会話からは、部族間の関係や複雑な宗教事情(イスラム教徒やキリスト教徒、少数宗派)といった、生の中東の姿が現れていて興味深いものがあります。

また、非常に驚かされたことの第一に、辺境の遊牧民たちが、著者との会話の話題に、再三日露戦争を取り上げることです。彼らは戦争のゆくえに高い関心を持つとともに、日本に対するあこがれとも言えるほどのシンパシーを抱いているようです。第二は、当時遺跡の調査をしている日本人がいたと著者が述べていることです。

著者の中東観は、明らかにイギリス帝国主義の中東観の下にあります。しかしそれを割り引いても、本書は中東に関する第一級の旅行記だと思います。

なお、ベルの著作の翻訳としては他に、「ペルシャの情景」法政大学出版局(2000年)があります。

また、ベルの生涯を描いた、田隅恒生「荒野に立つ貴婦人」法政大学出版局(2005年)、ジャネット・ウォラック「砂漠の女王―イラク建国の母ガートルード・ベルの生涯」ソニーマガジンズ(2006年)、イラク建国に焦点をあてた、阿部重雄「イラク建国」中公新書(2004年)があります。

フランク・キャプラ「群衆」(DVD)2007/12/29 11:35:52


「群衆」(原題:"Meet John Doe")
製作・監督:フランク・キャプラ
脚本:ロバート・リスキン
撮影:ジョージ・バーンズ
音楽:ディミトリ・ティオムキン
出演:ゲーリー・クーパー、バーバラ・スタンウィック、ウォルター・ブレナン、エドワード・アーノルド、ジェームズ・グリースン
ワーナーブラザーズ映画(1941年)

500円の廉価版の中古品をネット古書店で251円で入手しました。

キャプラ作品は全く初めて見たのですが、純朴な主人公が数々の困難に直面しながら社会悪と闘って正義を貫く、というの典型的なキャプラ作品ストーリーだそうです。

政治的野心を抱いた新オーナー、ノートン(エドワード・アーノルド)に買収された新聞社では、大幅な人員整理がおこなわれ、女性記者アン(バーバラ・スタンウィック)も解雇を言い渡されます。自棄になった彼女は、最後に担当したコラムに、社会の現状を批判し、クリスマスに市庁舎から投身自殺をすると予告するJohn Doeからの投書という捏造記事を書きます。

ところが、John Doeの記事は読者に大反響を巻き起こします。新聞社は対応に困り、アンを呼び出して、事態を収拾するような記事を書くように言います。ところがアンは、John Doeの替え玉を雇い、記事を書き続けるよう主張し、果てはボーナスまで要求します。もし主張が通らないなら、ライバル紙に真相を全てぶちまけると脅迫めいた言葉まで吐きながら…

編集長は納得しないのですが、ノートンは彼女のアイデアを支持し、替え玉探しが始まります。元マイナーリーグの野球選手で、現在はホームレスの実直そうな二枚目、ウィロビー(ゲーリー・クーパー)が替え玉に選ばれます。

アンはJohn Doeのゴーストライターとなって、隣人愛を訴える原稿を書き、ウィロビーに講演をさせます。この主張は大衆を魅了して、ウィロビーは、全米で講演会を開き、各地には隣人愛を広める「ジョン・ドー・クラブ」が雨後の竹の子のように作られていきます。

ついには「ジョン・ドー・クラブ」全国大会まで開かれることになるのですが、ノートンは、自身の大統領選出馬のために「ジョン・ドー・クラブ」を利用していたのであり、全国大会でウィロビーが自分を大統領候補として推薦するスピーチを用意させていました。実はノートンは、軍服のような制服を着た私兵部隊を要する、ヒットラーやムッソリーニを髣髴とさせるような人物だったのです。

真実を知ったウィロビーは、大会場で真相を語ろうとしますが、ノートンは「ウィロビーはJohn Doeを騙る詐欺師だ」という号外を会場に撒き、私兵部隊に扇動された群衆は、ウィロビーに罵声を浴びせます。

そしてクリスマスの日、ウィロビーは…

という粗筋です。

現代人の皮肉な眼からすれば、「こんな甘っちょろい話、テレビの2時間ドラマでもないだろ!」ってところなのですが、結構感動してしまいました。

その中で、ウィロビーのホームレス仲間で皮肉屋の「大佐」(ウォルター・ブレナン)が、いわば「我々の眼」を代弁してくれます。彼の存在があればこそ、おとぎ話めいたストーリーに追随できたのかもしれません。制作当時の観客にとってと、現在の我々にとってでは「大佐」の持つ役割が全く異なっているのかも知れません。女性記者アン役のバーバラ・スタンウィックはとても魅力的です。結末も100%ハッピーエンドではなく、「未だ希望は残っている」という最後で悪くありません。