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ガートルード・ベル「シリア縦断紀行」(1)(2)2007/12/22 05:12:09


ガートルード・ベル「シリア縦断紀行」(1)(2)(東洋文庫)平凡社(1994年)

英国人女性G.L.ベル(1868-1926)による、1905年春の、エルサレムからアレクサンドレッタ(現トルコ領イスケンデルン)までの、2ヶ月余り、千数百キロに亘る単身(!!)の旅の記録です。

ベルは、後にイラク建国に深くかかわるなど中東で活躍したことから「アラビアのロレンスの女性版」とも呼ばれています(実際は、ロレンスよりベルの方が20歳年長であり、先に活躍していたので、ロレンスが「ベルの男性版」と言った方が正確)。

当時のベルの関心は考古学にあり、旅のルートも各地の古代遺跡を巡ることから決められたようですが、本書の面白味は考古学だけにあるわけではありません。

本書の魅力は、ベルが、シリアの自然や出会った人々を、あたかも「馬の首にビデオカメラをとりつけてでもいたかのように」(訳者後記)生き生きと記録していることにあります。

自然や気候の描写も良いですが、特に、遊牧民の族長のテントに招かれての会話や旅を同道する雇用人との会話からは、部族間の関係や複雑な宗教事情(イスラム教徒やキリスト教徒、少数宗派)といった、生の中東の姿が現れていて興味深いものがあります。

また、非常に驚かされたことの第一に、辺境の遊牧民たちが、著者との会話の話題に、再三日露戦争を取り上げることです。彼らは戦争のゆくえに高い関心を持つとともに、日本に対するあこがれとも言えるほどのシンパシーを抱いているようです。第二は、当時遺跡の調査をしている日本人がいたと著者が述べていることです。

著者の中東観は、明らかにイギリス帝国主義の中東観の下にあります。しかしそれを割り引いても、本書は中東に関する第一級の旅行記だと思います。

なお、ベルの著作の翻訳としては他に、「ペルシャの情景」法政大学出版局(2000年)があります。

また、ベルの生涯を描いた、田隅恒生「荒野に立つ貴婦人」法政大学出版局(2005年)、ジャネット・ウォラック「砂漠の女王―イラク建国の母ガートルード・ベルの生涯」ソニーマガジンズ(2006年)、イラク建国に焦点をあてた、阿部重雄「イラク建国」中公新書(2004年)があります。