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吉見俊哉,テッサ・モーリス・スズキ「天皇とアメリカ」2010/03/03 06:00:00


吉見俊哉,テッサ・モーリス・スズキ「天皇とアメリカ 」集英社新書(2010年)

「天皇は近代」、「 アメリカは宗教」と言う二つの表象は、既にそれなりに認識されていることであろう。しかし、「天皇は近代であり アメリカは宗教である」という二つの表象の複合は予想を超えて想像力を加速する。

太平洋戦争後、アメリカは「天皇制」存続を認めを占領政策に利用したことから、この2つに関連があることは明らかであるが、それぞれの表象を複合させたとき、幕末に日本とアメリカが出会った後、アメリカの宗教と外交軍事政策、日本の近代化と外交軍事政策が絡み合って相互補完した存在になっていることが分かる。

戦後のアメリカ、日本の「アジア政策に与えた影響」、日本のアジア諸国に対する「戦争責任への一貫しない、欺瞞的な対応」、「経済大国日本の自己イメージの形成」などなど、さらにジェンダー、女性天皇、右翼の存在など、様々な領域で、事実の発見と連関、相互作用の存在を見出し、さらに様々な想像が展開されるのである。

全編、両著者の3年間ほどの期間をかけた対話からなっており、読みやすく、しかし、様々な刺激を得るところの大きい著書である。

今後、この「天皇とアメリカ」のセットから発している表象は、アメリカの衰退(あるいは中国の台頭)により、この表象が維持してきた体系は大きな衝撃を受けるに違いない。天皇の特異性の主張をやめるか、女性天皇を認めるか、欧州の王室のスタイルに変化すべきか、あるいはいっそ共和制への移行を視野に入れるか。こうした変革のもと日本人の新たな表象はどこ求めるられるのか。さらに経済的には統合がさらに進展するであろう東アジア地域において、何が統合の表象となるのか。さらに想像力は広がっていく。



池上直己、J.C.キャンベル「日本の医療―統制とバランス感覚」2010/03/13 01:53:57


池上直己、J.C.キャンベル「日本の医療―統制とバランス感覚 」中公新書(1996年)

日本の医療に問題は多いのですが、知識不足や誤解による意味のない批判があふれているように思います。そもそも日本の医療制度はどうなっていてどんなパフォーマンスをあげているのかを知るのが問題解決の前提なはずです。本書は1996年の出版で少々古いのですが、日本の医療制度を正しく理解しどんなパフォーマンスをあげていたのか知るのに最適です。

本書を読めばわかるように国民皆保険制度の導入とその後の政策運用は、政策決定者の意図した以上にうまくいっていました(ほとんど偶然の産物といってもいいぐらいで、意思決定の「ゴミ箱モデル」というのを思い出します)。先進国中もっとも安い医療費で国民の良好な健康を確保してきました。もちろん、本書の書かれた後には、社会保障費の削減が進み、医療現場の負担は危機的状況にまで至っています。介護保険は創設されたものの、十分な介護がいきわたっているとは言えません。

国民皆保険制度の維持は絶対必要ですが、医療の質を確保するためには相応の費用を必要とします。国民全体として、医療費を増やすという以外の選択肢はありません。財源を保険料としても直接税としても消費税としてもマクロでみれば同じことで、家計部門と企業部門の負担の比率が変わるだけです。

本質的に必要なことは、国民全体として十分な医療費を支出する合意、家計部門と企業部門の負担の比率の合意、家計間での収入による負担の配分の合意です。保険制度はこの合意が容易にできるよう分かりやすく設計される必要があります。




新しい情報はこちら。

海外制度はこっちの方が詳しい。2002年旧版(改訂・第二版)。

盛山和夫「年金問題の正しい考え方―福祉国家は持続可能か」2010/03/14 02:29:35


盛山和夫「年金問題の正しい考え方―福祉国家は持続可能か」中公新書(2007年)

医療と並んで、誤解や感情的な批判の多い年金です。現在の制度の本質と問題点を非常にクリアに説明しており非常に良い著書だと思います。

現在の年金制度は戦前の制度から移行措置を重ねているので詳細を理解しようとすると途方にくれます。ただ本質的には、社会保険と一部税負担の組み合わせによる世代間扶養方式であり、現在の現役世代から現在の老齢世代への所得移転です。長いあいだ年金給付(支出)が固定され、不足分を保険料(収入)値上げ―都度の法律改正―で補ってきたため、延々と保険料値上げが続くかのような印象を与えてしまいました。

年金財政が本当に苦しくなるのは、団塊世代が年金を受給する現在ではなく、団塊ジュニア世代が年金を受給する2050年以降の話です。これは団塊世代には彼らをささえる子供たち―団塊ジュニア世代―がいますが、団塊ジュニア世代には彼らを支える子供たちがいない(いわゆる少子化)からで当たり前の話です。

大局的に現役世代の負担と老齢世代への給付の関係を考えないで、制度をいじりまわしても混乱に拍車がかかるばかりです。

医療、年金とも意義のある改定に向けて正しい知識を身につけましょう。



吉見俊哉「親米と反米-戦後日本の政治的無意識」2010/03/19 05:47:14


吉見俊哉「親米と反米-戦後日本の政治的無意識」岩波新書(2007年)

吉見俊哉、テッサ・モーリス・スズキ「天皇とアメリカ 」集英社新書(2010年)の吉見氏の前著。日本の文化表象とその背後にある親米意識と反米意識と流れをまとめるが、ちょっと流暢すぎるかな。

「自由な国」アメリカのもたらした最初にして最たるものは「モガ」ですね。消費としてのアメリカ文化が既に根付いていたわけです(親米)。この後は、鬼畜米英一色となり破滅の道を進んでいきます(反米)。

戦後は表向きは親米、うっ屈した反米。旧日本軍基地の町は米軍基地に摂取されれ、それぞれ地元の六本木、原宿あたりはアメリカ最先端カルチャー・エンタテイメントの街。そして日本人若者が集うファッショナブルな街へ変容していく。本土では、米軍基地縮小に伴い、福生、横須賀などが次の文化発信源となっていき、本土内でのアメリカ軍のプレゼンスは縮小していきます。いずれもアメリカカルチャーへの親米、基地問題での反米というアンビバレントな関係です。

基地問題は、沖縄に全て押しつけて、本土は高度成長期へ、「テレビからはアメリカドラマ」が奔流のように流れ出し、住居と電化製品のアメリカ化は日本人の目標となりました。「民主化とは電化製品のことである」と読める松下電器の広告は「共産主義は、(社会主義と)電力である」というレーニンの言葉を思い出させる。

こうして、戦後を通じてのインタラクションは、日本人に「内なるアメリカ」(親米)を形成してしいった。一方、日本人は東アジア共同体の形成、グローバルな経済文化交流を通じて、この「内なるアメリカ」を再度外化して顧みる必要があるのだろう。



北岡伸一・田中愛治編「年金改革の政治経済学―世代間格差を超えて」2010/03/20 02:45:15


北岡伸一・田中愛治編「年金改革の政治経済学―世代間格差を超えて」東洋経済新報社(2005年)

年金改革の内容ではなく政治過程についての分析というユニークな著書。負担と給付という利害の対立する政策に有権者や政治家がどう反応しているのか興味深い。

第1章で高福祉高負担の国(北欧など)では付加価値税が財政悪化前の早い段階(経済成長期)に導入され、低福祉低負担の国(アングロ・サクソンと日本)では財政悪化後の遅い段階(低成長期)に導入されていることが示される。ここから、財政悪化前に付加価値税を導入した諸国では、増税が社会保障に向けられることにより国民の合意を得られ、結果高福祉を可能にし、財政悪化後に付加価値税を導入した諸国では、増税が社会保障に向けられないことから国民の合意を得られず、結果低福祉に留まる、との推論を述べている。日本の税・社会保険料負担率の低さは驚異的で、これでは低福祉かつ財政赤字にならない訳がない。

第3章、第4章で、国民の年金に対する意識と2004年の参議院選挙における投票の関係を実証的に分析している。年金不信の高まりは、ライフサイクル(若年時に不信は高いが高齢化するとともに不信は低まる)によるのではなく、コーホート(生まれた時期が遅いほど不信がたかまる)によるとの推論を得ている。また、参院選の投票においては、有権者は年金制度の内容に関する議論は十分理解できていないが、年金に対する不信感から、自民党を支持しなかったことが示される。

「負担は嫌だが社会保障は欲しい」という素朴な要求を前に、年金という複雑で利害対立の激しい問題を解決するのがいかに困難か理解される。



牛丸聡「公的年金の財政方式」2010/03/26 03:39:25


牛丸聡「公的年金の財政方式」東洋経済新報社(1996年)

1996年出版なので平成6年改正までしか反映されていませんが、公的年金の財政について丁寧に説明されています。著者は積立方式ではなく賦課方式を支持しています。その上で、少子高齢化にともなって年金財政は困難になるので、給付水準の削減も含めて行使の役割分担の再考を促しています。

このあとの平成16年改正では給付水準の削減(マクロ経済スライド)に踏み込んだわけですが、十分とは言えません。賦課方式を維持することに賛成ですが、この方式は負担と給付が直結しないので国民の理解を高める方法が大きな課題です。

また、健康保険や介護保険(この時点では未導入)を含めて高齢者の社会保障について一体・整合的に制度設計すべきであると述べています。まったく合理的な意見ですが、高齢者から見れば、負担増加給付削減となるので理解を得るのが大変です。政治的な説得を根気よく続けるしかないのでしょう。



柳宗玄「ロマネスク美術 (柳宗玄著作選4)」2010/03/27 05:10:53


柳宗玄「ロマネスク美術 (柳宗玄著作選4)」八坂書房(2009年)

『ロマネスク美術』(「大系世界の美術」第十一巻、学習研究社、1972年)の改訂版です。

ロマネスク美術を、通常の年代別、地域別などではなく

  1. 総 説 象徴芸術の大時代
  2. 第一章 天の像 ――― 天界、神の栄光を表す像
  3. 第二章 地の像 ――― 地界、人間を包む空間にある像
  4. 第三章 神の家 ――― 聖堂
  5. 第四章 素材・機能・造形 

の第一章から第四章までの四つの構成により論じています。絵画、彫刻、建築、工芸の分野にわたり縦横にロマネスク芸術とは何かを明らかにしていきます。

カラー図版には詳細な解説も付されており、ロマネスク美術に関心のある人には非常に価値ある著書です。

確かに値段は高いですよね。全巻完結してもらえるよう、頑張って買い続けましょう。



橘木俊詔「消費税15%による年金改革」2010/03/28 04:02:15


橘木俊詔「消費税15%による年金改革」東洋経済新報社(2005年)

著者は、明快な答えを(前半の著差の案とゼミ学部学生の案には若干の違いがある)もっています。1階の基礎年金を税額賦課方式に転換し、現状であれば、15%の消費税による月17万円(サラリーマンと生業主婦、9万円(単身者)というものです。税額賦課方式を採用するわけですから、相互扶助による保険ではなく、公共財とみなす(小中学校の学費を税で給付するのと同じ)ことになります。さらに2階の厚生年金については、確定拠出式の私的年金に移行すべきとしています。

一つの案として整合性があり、見るべきものだと思いますが、問題もあります。第一に、社会保険の持っている「相互扶助」の概念を完全に捨ててしまっていいのでしょうか。物価水準の変動や一般生活水準の変動に対応するための具体的な方法が不明です。第二に、税額賦課方式に転換しても少子高齢化の進展が進めば、税額の増加か給付の削減をせざるをえないでしょう。

2階部分については積立方式ですから、典型的にデメリットがあります。(金利変動が十分に追随できない)物価変動、一般生活水準の変動のリスクを回避できない等。そして「相互扶助」の概念はまったく排除されます。さらに、瑣末ですが、運用を政府一括にした場合「パッシブ運用」が効率の悪い産業に投資を続け、新規参入企業に資金を供給できないと言っていますが、ファイナンス理論的には明確な根拠を欠く主張です。また、世代間負担の公平と言われますが、他の世代が貧困の高齢期間をすごすことになっても、全く関知しないという考え方には納得できません。

以上の様に、著者と学生の主張は、「相互扶助」と「社会連帯」の意識を欠き倫理的な勤労意欲を低下させるのではないでしょうか。「倫理的」というのは健全な「社会紐帯」を維持する重要な要素だと思います。

個人的には、1階部分は財源面での税額比率の増加(現在でも基礎年金給付の2分の1は国庫負担)をしつつも、社会保険制度の面を残し倫理的勤労意欲を維持したいと思います。2階部分は現役世代の実質可処分所得に対する高齢者世代の必要所得率を社会全体で合意し、財政最悪期(2050年ごろ)にもこの比率が保持できるように負担給付、さらに積立金の増減を調整すべきだと思います。

賦課方式、積立方式の基礎的な議論の書として、本書は一読する価値があります。