田中克彦「エスペラント-異端の言語」 ― 2008/06/14 23:59:59
田中克彦「エスペラント-異端の言語」岩波新書(2007年)
本書はエスペラントの入門書ではなくて、エスペラントの歴史を描いたものです。「エスペラント」って最近ではあまり話題に上らなくなった言葉ですが、私が子供の頃(1960年代)にはもっと頻繁に話題にされていた様な気がします。
「海で遭難した主人公が気が付くと、そこは何処か外国の病院のよう。病院では、様々な人種・民族の人たちが働いており、不思議なことに、互いにエスペラントで会話しているではありませんか(つまり主人公もエスペラントを知っている)。やがてそこは、世界平和を守るための秘密機関であることが分かり、そして主人公も秘密機関に加わることに…」なんて漫画のシーンを覚えています(未だ漫画誌は月刊が普通だったくらい昔の頃のはなし)。もしかしたら、この時初めてエスペラントという言語のことを知ったのかもしれません。
エスペラントは、当時帝政ロシア領であったポーランド在住のユダヤ人医師、ルドヴィーコ・ザメンホフが19世後半に発明した人工言語です。実は19世紀には、既存言語の簡略化(例えば簡略英語:BASIC、勿論Beginner's All purpose Symbolic Instruction Codeではなくて、British American Sientific International Commercialの略)や、人工言語が多数提案されていたそうです。さらに、エスペラント自身に対しても、その改良が提唱されていたそうです。
文学者は、自国語の簡略化を嫌悪し(今でも国語のカリキュラムに否定的な感想を言う文学者が必ずいますね)、言語学者は、人工言語に激しい拒否反応を示しました。そんな環境下でもエスペラントは世界に広まっていき、日本においては、山田耕筰がエスペラントを学び、二葉亭四迷はエスペラントの入門書まで書いているそうです。そして1922年には、新渡戸稲造と柳田国男が国際連盟に世界中の公立学校でエスペラントを教えるよう決議を求めています。この決議は、フランス語を世界共通語にすべきだと言うフランスの猛反対を押し切って可決されたそうです。さらに、宮沢賢治もエスペラントを学び、かの「イーハトーヴォ」とは「イーハト」(岩手、エスペラントでは地名の語尾は必ず-oで終わる)と"ovo"(エスペラントの「卵」)からなる造語「岩手の卵」という説もあります。
一方、エスペラントはその非国家・非民族主義に共鳴した初期の社会・共産主義者や無政府主義者の中にも支持者を得ていきます。このため「エスペランティスト=反体制・反民族主義」として弾圧を受けることにもなります(当然日本においてもです。1906年の日本エスペラント協会設立には堺利彦、大杉栄の名があります)。共産主義国でも、スターリン時代になると「エスペランティスト=外国のスパイ」として弾圧の対象となりますが、中国では現在でもエスペラントが盛んで、エスペラントによる国際放送も続いているそうです。
エスペラントは、ヨーロッパ系言語から文法や語彙を受け継いでいますから、国際語と言ってもヨーロッパ色の強い言語です。文法も必ずしも完全に簡略されているわけではなく、名詞の格変化や形容詞に単数複数の区別があるなど、日本人には分かり難い点も多いようです。
こうして、多くの困難に囲まれたエスペラントですが、ハンガリーやフィンランドの様なヨーロッパに位置しながら、非印欧語族の言語を使用する国や、英語にせよフランス語にせよ、学習に困難を感じていたアジア諸国(中国やモンゴルなど)では根強い活動が続いてきたのです。
大手書店の語学コーナーに行くと、数は少ないですが、エスペラントの入門書も置いてあります。グローバリズム/英語帝国主義の風潮の強まる中、私もエスペラントを学んで英語帝国主義者たちを煙に巻いてやろうかと思います(単に英語が下手な言い訳か)。
- Kia lingvo estas Esperanto?
- Simpla skizo de gi.
コメント
トラックバック
このエントリのトラックバックURL: http://northeast.asablo.jp/blog/2008/06/14/3578343/tb
※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。
コメントをどうぞ
※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。
※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。