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前坂俊之「太平洋戦争と新聞」(2007年)2009/10/08 05:03:45


前坂俊之「太平洋戦争と新聞」講談社学術文庫(2007年)

満州事変から終戦までの、新聞の報道を仔細に追跡し、新聞が戦争にいかに関わっていったかを検証しています。分析の対象は、主に朝日新聞と毎日新聞ですが、これは当時の2大紙であり、熾烈な拡張競争を続けていた新聞社であるためです。また、東京・大阪2体制をとっていたので、大阪の論調を中心に分析されます。なお、読売が朝日、毎日と肩をならべるようになるのは、1942年の新聞統合で報知との合併によります。

大まかに言えば、戦争開始当初から、有力各紙は基本的に、軍部の意向に従う戦意高揚記事、論説に埋まっています。戦争記事は、拡張競争の絶好の材料とされ、各社競って戦意高揚キャンペーンを展開していきます。記事の内容も、中国軍や英米を、罵詈雑言といっても良い文調で非難しています。

日本政府の交渉に関しても、その弱腰を非難し、強硬外交を求める記事が殆どとなります。

軍部の専横が続き、五・一五事件や、二・二六事件に至る過程では、批判的論調も垣間見えますが、既に言論統制の進む中、戦争に迎合せざるを得ない内部事情が見えてきます。

結局、主要紙は最後まで戦争のプロパガンダ・メディアとしての役割を果たすことになります。こうした中で、西日本新聞などの一部の地方紙では、軍部の意に沿わない論調を主張つづけています。しかし、それらの主張も、在郷軍人会による不買圧力、軍部の暴力をチラつかせる威圧、広告主への圧力等により屈服させられて行きました。

こんな中で、文芸春秋が、その新聞評で各社の軟弱ぶりを、繰り返し批判しているのは注目に値します。

そして、何といっても特筆しなければならないのは、石橋湛山の東洋経済新報です。軍備不拡大、植民地の放棄、中国への独立援助、英米との交渉、戦線の不拡大、軍部専横への批判といった論説を掲載し続けます。統制が厳しくなった後も、社内の反他派を押し切って、検閲対策で表現に苦労しながらも批判的論説を続けました。まさにラジカルなリベラリストでした。

新聞社に限らず、雑誌でも放送局でも、私的企業として収益を求める(販売部数の拡張、視聴率の拡張)なかで、戦争は利益を生む題材として、強い魅力を持っており、またその内容のコントロールを軍部が容易になしうるという危険も大きなものです。軍部の暴力的な専横に対して対抗することも相当困難なことです。

こうした戦時下メディアの困難は、現在のアメリカでも顕著に見られているようです。一旦戦争が始まってしまえば、また同じことが繰り返されるのは明らかです。戦争が始まる前に、メディアは何をどう伝えるのか、始まってしまったら、どのように戦争の道具とされることを防ぐのか。重要な課題が今も突き付けられています。


### それにしても石橋湛山という人は凄いですね。言論人の中でも図抜けた存在です。