Google
 

ドストエフスキー「悪霊」2010/01/26 08:00:00


ドストエフスキー「悪霊」新潮文庫(1971年)

この本は、革命派学生の仲間割れによる殺人事件を題材にしたという言い方がされていることが多いようですが、この事件は数あるエピソードの一つにすぎないものです。「中核vs革マル内ゲバ殺人」「連合赤軍事件」などを想像していると、実際は陳腐な理由による殺人で肩透かしをくいます。(ドストエフスキーは社会主義嫌いだったようですが、描がれる社会主義者達が薄っぺらすぎて戯画にしかなっていない)

ドストエフスキーらしく「変人」達が次から次へと登場して、ストリーをあっちへこっちへと引き回します。しかも「変人」の数が半端じゃありません。ステパン氏とワルワーラ夫人、それぞれの息子のピョートルとニコライが主要な登場人物ということになるんでしょうが、主人公を決定するのは難しいと思います。

通常ニコライは、ドストエフスキーが造形した最悪の人間の一人といわれるようですが、私の印象では、病的で残酷ではりますが、登場人物中で唯一自分を冷静に見ることのできるクールな人物です。殺人事件の黒幕という解釈もされているようですが、単に彼は一般的なアイデアを皮肉をこめて語っただけと思われます。一方ピョートルは、ニコライに纏わりつき、ニコライを「革命のカリスマ」に祀り上げようとしますが、ニコライに呆気なく拒絶されます。革命家殺人事件や町の名士の間で起こす大乱痴気騒ぎ、さらに放火、殺人の教唆など、実際の悪事(社会秩序の破壊活動)はピョートルの仕業または指揮によるものです。

本編に入らなかった「(ニコライ)スタブローギンの告白」は有名ですが、これもよくわからない文章です。ニコライが修道院のチホン僧正に犯した罪、作中示唆されていた複数の罪に加え、もっと反道徳的な罪も「告白」するのですが、ニコライはこの「告白」多数印刷して、国内外にばら撒くつもりだとも言っています。ニコライのやりたかったことは、キリスト教徒としての告白なのか、反道徳・反社会秩序のプロパガンダとして広く知らしめることだったのか。

最後にニコライは自殺し、ピョートルは逃亡し行方不明になってしまいます。非常に謎めいた作品のようです。

このドストエフスキー式の謎めいた作品を楽しもうという人には打ってつけな作品だと思います。