宮崎賢太郎「カクレキリシタン オラショ-魂の通奏低音」 ― 2007/06/16 12:06:44
宮崎賢太郎「カクレキリシタン オラショ-魂の通奏低音」長崎新聞社(2004年)
銀座の教文館のキリスト教書フロアでたまたま目にして、購入しました。という訳で、これまた珍しく新刊で購入したものです。
著者によれば、「現在のカクレキリシタンはもはや隠れてもいなければキリシタンでもない。日本の伝統的な宗教風土のなかで年月をかけて熟成され、土着の人々の生きた信仰生活のなかに完全に溶け込んだ、典型的な日本の民族宗教のひとつである」と言います。つまり、典型的な日本の家では仏壇と神棚(すなわち、仏教と神道)が共存しているように、カクレキリシタンの家では、仏壇、神棚に加えキリシタンの祭壇があり、仏教、神道、キリシタン信仰が共存しているのです。
生月島、平戸島、五島、長崎、外海の各地のカクレキリシタンの歴史と現在の状況が平易かつ丁寧に語られています。弾圧により各地域間の連絡がとれ無かったため、地域毎にその行事や組織はかなり異なっています。良く知られるオラショは生月島を除くと、声に出して唱えられることは無いそうです。生月島の中でも詞や旋律は、地区によって異なっています。
キリシタン信仰には多くの制約があるため、近年はどの地域でも後継者が無く、解散する組織が急激に増えているといいます。カクレキリシタンはそう遠くない将来には消え去ることになるのでしょう。
カクレキリシタンの歴史は、異文化の変容・土着化の過程や日本人の宗教観に興味を持つ人にとっても、非常に興味深いものだと思います。
なお、しばらく品切れになっていましたが、最近復刊された同じ著者による
宮崎賢太郎「カクレキリシタンの信仰世界」東京大学出版会 (1996年)は、同様の内容ですが、よりアカデミックな調査報告です。手軽で読み易い本書から読まれることをお薦めします。
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