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松田平田設計事務所、横河工務所(松井貫太郎)「日比谷三井ビルディング」2007/06/02 07:35:46

日比谷三井ビル(2006年5月26日撮影)

日比谷三井ビルディング
松田平田設計事務所、横河工務所
千代田区有楽町1-1-2
1960年
(2007年5月26日撮影)

三信ビルの向かいにあるオフィスビルです。三井住友銀行本店(竣工時に三井銀行本店が日本橋の三井本館から移転してきました)や旭化成東京本社などが入居しています。

チョッと古いただのオフィスビルだと思っていたのですが、実は、横河工務所の担当は三信ビルの設計者である松井貫太郎で、30年後の遺作なのだそうです。

申し訳ない。侮っていました。水平線が強調されたデザインは、三信ビルとも共通し、両者を違和感無く隣接させています。右の写真など、非常に美しいと思いませんか?

三信ビルと一体の再開発が決まっていて、既に三井住友銀行は本店の移転を発表しています。地下商店街のテナントは殆ど撤退していて、シャッターばかりが目立って、閑散としていました。

機能を求められるオフィス建築ですから、建て替えはやむを得ないんですが、50年足らずで寿命というのはいかにも短いと思います(何せ自分の方が年寄りだ)。

日比谷を訪れる機会があったら、このビルをちょっと見上げてやって下さい。

【参考文献】
倉片俊輔、斉藤理(監修・執筆)「東京建築ガイドマップ-明治 大正 昭和」エクスナレッジ(2007年)

山内昌之「ラディカル・ヒストリー ロシア史とイスラム史のフロンティア」2007/06/03 02:19:09


山内昌之「ラディカル・ヒストリー ロシア史とイスラム史のフロンティア」中公新書(1991年)

ネット古書店で購入。現在品切れです。

ロシアおよびソビエトが、カフカスや中央アジアのテュルク・イスラム圏諸民族とどのように係わってきたのかが、主な主題です。

両者は、古くから言わば「ロシア=テュルク政治経済圏」を形成しており、単純な「支配=被支配」の関係にあったわけではありませんでした。それが、やがてロシアの拡大によるカフカス支配、中央アジア支配を通して、ロシアの視点から見た、遅れた東洋としてのイスラム地域支配の正当化へと変化していきます。特にロシアの文学作品を通じた、ロシア人のイスラム観の分析は非常に興味深いものでした。

革命後のソ連においても、基本的にこの関係は変わらず、中央アジアの分断支配(テュルク系諸民族の人為的な形成による分断)と、ソ連内分業化政策によるモノカルチャー経済化等が、貧困と権威主義的政治体制をもたらします。

ソ連体制化では、公式的には表面化することの無かったこの問題は、ペレストロイカ政策以後、ソ連の抱える重大な民族問題として明らかになってきます。そして、ソ連崩壊後の現在に至るまで、チェチェン問題や中央アジア諸国間の民族紛争など、ロシアにとっての不安定要因となり続けています。

それまであまり意識されてこなかった、ロシア史とイスラム史の接触に焦点を当てて歴史を叙述したことから、本書のタイトルが「ラディカル・ヒストリー」となったのです。

ソ連崩壊前の古い著作ではありますが、ロシアとイスラムの係わりとその影響をコンパクトに知ることができる好著だと思います。さらに同様の主題をあつかった同著者のその後の著作を読んでいけば、より理解を深めることもできるでしょう。

【復刊ドットコム復刊リクエストページ】
山内昌之「ラディカル・ヒストリー ロシア史とイスラム史のフロンティア」

横河工務所「電通銀座ビル」2007/06/09 12:00:14

電通銀座ビル(2007年5月26日撮影)

電通銀座ビルディング
横河工務所
中央区銀座7-4-17
1934年
(2007年5月26日撮影)

外堀通り、数寄屋橋と新橋の中間くらいにある電通銀座ビルです。現在の汐留本社の、その前の築地本社(丹下健三設計)の、その前の本社ビルです。

角の丸みに特徴があり、いかにも重厚なデザインですが、同じ敷地にあった本社ビルが関東大震災で焼失した後、地上8階、地下2階の耐震耐火に重点を置いた鉄骨鉄筋コンクリート造りで建てられたそうです。

全体の外観が重厚なのに対して、入り口付近には変わった装飾があります。右に「広目天」と左に「吉祥天」、真ん中には星のマークがあります。

「広目天」は仏教を守る4人の守護神の1人で、全世界の出来事をもらさずに見届け、この世の真実を書き留めておく神とのことです。電通は今でこそ最大手広告代理店ですが、戦前は、大手通信社(新聞社等にニュースを配信する会社)の一つでしたから(電通の元々の社名は日本電報通信社)、会社の守り神とされたのでしょう。吉祥天は繁栄・幸運の神とのことですから、当然会社の繁栄を願ってのことでしょう。

中に入ったことはありませんが、内部のエレベーターホールには立派なモザイクタイル装飾があるそうです。

古いビルですが、綺麗にメンテナンスされて、使われ続けているのは、何だかうれしいものです。

【参考文献】
倉片俊輔、斉藤理(監修・執筆)「東京建築ガイドマップ-明治 大正 昭和」エクスナレッジ(2007年)
【参考サイト】
電通:ホーム>資料室>広告と電通>社屋で見る

歴史学研究会(編集)「巡礼と民衆信仰」2007/06/10 09:00:00


歴史学研究会(編集)「巡礼と民衆信仰」青木書店(1999年)

今回は珍しく新刊で購入した(出版年は1999年ですが)本の感想です。

地中海世界史というシリーズの第4巻で、シリーズの目的は、ヨーロッパ史やイスラム史といった分野ごとに語られることが多い歴史を、地中海世界の歴史として、統一的に捉えようとするものです。

本書では、地中海世界の宗教に見られる特徴的な宗教現象「巡礼」を扱っています。ユダヤ教については序章で触れられるのみですが、その後の各章では、キリスト教(古代教会、カトリック、東方正教)、イスラム、さらにはドゥルーズ派まで、宗派は勿論、時代も、地域も異なる「巡礼」を、それぞれの専門家が、多面的に論じています。

一見すると、統一感の無い各論の集まりのようですが、全体を読み進めば、一般に対立の歴史と見られているキリスト教やイスラム等の諸宗派の関係が、「巡礼」という宗教現象を通して見ることにより、全く異なったものに見えてきます。時には互いに影響しあいながら、民衆信仰にとって重要な行為としての「巡礼」を共有する宗教として、過去から現在まで多くの共通性を有することが分かります。

地中海世界における諸宗教の歴史を、対立ではなく、「巡礼」という民衆信仰の価値の共有の歴史として捉えなおすことは、単純な「文明の衝突」は不可避といった考え方が、いかに一面的な捉え方であるかを知ることでもあります。日本人にとってもなじみのある「巡礼」という宗教行為が、多くの宗派の民衆の信仰心と深く結びついており、相互理解の鍵になるうるのではないかという希望が見えてきます。

しかし一方では、「巡礼」という価値を認めない、北方ヨーロッパで生まれたプロテスタント・キリスト教の特異性も明らかになってきます。このプロテスタントの厳格性、排他性が、現在のヨーロッパ(というよりアメリカか?)とイスラムの対立の背景にある要素なのかも知れません。

「巡礼」という一つのテーマが、歴史の捉え方に様々な刺激を与えてくれる、非常に興味深い本でした。


宮崎賢太郎「カクレキリシタン オラショ-魂の通奏低音」2007/06/16 12:06:44


宮崎賢太郎「カクレキリシタン オラショ-魂の通奏低音」長崎新聞社(2004年)

銀座の教文館のキリスト教書フロアでたまたま目にして、購入しました。という訳で、これまた珍しく新刊で購入したものです。

著者によれば、「現在のカクレキリシタンはもはや隠れてもいなければキリシタンでもない。日本の伝統的な宗教風土のなかで年月をかけて熟成され、土着の人々の生きた信仰生活のなかに完全に溶け込んだ、典型的な日本の民族宗教のひとつである」と言います。つまり、典型的な日本の家では仏壇と神棚(すなわち、仏教と神道)が共存しているように、カクレキリシタンの家では、仏壇、神棚に加えキリシタンの祭壇があり、仏教、神道、キリシタン信仰が共存しているのです。

生月島、平戸島、五島、長崎、外海の各地のカクレキリシタンの歴史と現在の状況が平易かつ丁寧に語られています。弾圧により各地域間の連絡がとれ無かったため、地域毎にその行事や組織はかなり異なっています。良く知られるオラショは生月島を除くと、声に出して唱えられることは無いそうです。生月島の中でも詞や旋律は、地区によって異なっています。

キリシタン信仰には多くの制約があるため、近年はどの地域でも後継者が無く、解散する組織が急激に増えているといいます。カクレキリシタンはそう遠くない将来には消え去ることになるのでしょう。

カクレキリシタンの歴史は、異文化の変容・土着化の過程や日本人の宗教観に興味を持つ人にとっても、非常に興味深いものだと思います。

なお、しばらく品切れになっていましたが、最近復刊された同じ著者による

宮崎賢太郎「カクレキリシタンの信仰世界」東京大学出版会 (1996年)

は、同様の内容ですが、よりアカデミックな調査報告です。手軽で読み易い本書から読まれることをお薦めします。


PASMOその後2007/06/17 23:59:59


PASMOを使うようになって2ヵ月半ぐらいになりました。

定期券以外の路線に乗る場合も、何も気にせずそのまま入出場できるのは、やっぱり実に便利です。JRでもそのまま使えるのも、これまた非常に便利な限り。

一般の店で電子マネーとして使える場所はまだ限られているようですが、SUICA対応の、店で何度が使ってみました。「PASMOで払います」と言うと、店の人が読み取り機のスイッチを入れていました。あんまり使われていないみたいですね。

場所は地下鉄日本橋駅近くだったので、PASMO利用者も結構多いと思うんですが、決済に利用する人はまだ少ないでしょうか。

一気に1万円もチャージししまったので、なかなか残高かが減らなかったのですが、先日タクシーに乗ったらSUICA対応のタクシーだったので、「PASMOで払います」といってみました。やはり運転手さんが、スイッチを入れてから使えるようになりました。3,500円位残高が一気に落ちて残りが5,000円台になりました。

タクシーでは結構「1万円ではお釣りが無い」といわれてしまい往生することがあるので、タクシーでPASMOが使えるのは、気に入りました。ただし、対応している会社が限られているので、この辺の統一性・互換性が是非欲しいところです。

最近は流通系もプリペイド方式のカードを発行するようになって、いよいよ乱立気味ですが、各社ユーザーのことを考えて、互換性をとってくれないと、結局全体の普及の障害になるのではないのでしょうか?

Ensemble Unicorn, "Alfonso X "El Sabio": Cantigas de Santa Maria"2007/06/23 10:34:16


Alfonso X "El Sabio": Cantigas de Santa Maria
Ensemble Unicorn
1994
Naxos 8.553133

5枚目の、Cantigas de Santa Maria(聖母マリアのカンティガ)のCDの感想です。

国内盤は「アルフォンソ10世:聖母マリアの讃歌」(アイヴィー)です。現在は国内盤の方が安く買えるようです。

アンサンブル・ユニコーンは、5人の演奏家により1991年に結成された古楽アンサンブルです。演奏は正統的なことが身上。Naxosの古楽におけるいわば看板演奏家で、多くの録音があります。

この録音も、非常に正統的な解釈による演奏です。過度にスペイン的でなく、過度にアラブ的でなく、過度に民衆的でもない、まさに「背景を十分考慮した上でのヨーロッパ古楽としての」中庸な演奏です。もちろん、決して「凡庸」とか「平板」な演奏ではありません。

原語による口上あり、器楽演奏ありで、多彩な聖母マリアのカンティガの世界を再現しています。

値段も手頃、演奏もオーソドックスということで、初心者の入門編としても最適ですし、既に色々凝った解釈の演奏を聞いた人には、中庸の徳(?)を思い出すためにも良いCDだと思います。

以下はAmazonの広告です。

アンサンブル・エクレジア「ザビエル」2007/06/24 10:10:00


ザビエル
アンサンブル・エクレジア
1999年
女子パウロ会 10046
ISBN:978-4789650465

日本史の教科書に載っていた、頭頂部を剃った髪型の肖像でお馴染の宣教師、フランシスコ・ザビエルにゆかりの曲を集めたCDです。カトリック修道会のレーベルってのも珍しいですね。

フランシスコ・ザビエルは《スペイン・バスク地方》に生まれ、学生時代を《パリ》で送り、そこでイグナチオ・ロヨラと出会いました。その後《ヴェネツィア》で叙階し、《ローマ》で活動します。そしてその後、《日本》へ向かうことになります。

これらザビエルゆかりの地域・時代を音楽でたどる「ザビエル渡来450年記念作品」です。演奏は、宗教音楽を中心に活動する「アンサンブル・エクレジア」(つのだたかし主宰。CDはすべて女子パウロ会から発売されています。ちなみに、同じ主宰者の「タブラトゥーラ」とはメンバーが殆ど重なるそうです)。

曲目には、教会音楽だけではなく、当時人気の高かった世俗的な曲も含まれています。演奏は、非常に「日本的」だと思います。すなわち、非常に端正な演奏で、過度に個性的な解釈などで崩したところがありません。特にソプラノは美しい。

「青春時代に生きているかぎり」、「白く優しい白鳥」、「リウ、リウ、チウ」といった世俗曲の方が印象に残りました。締めくくりの「かくも大いなる秘蹟を」は1605年長崎で出版された『さからめんた提要』に収められていたグレゴリオ聖歌。

16世紀のヨーロッパを彷彿とさせてくれる一枚です。

ところで、何故かISBNが付いていて書籍みたいですが普通の音楽CDです。当然CDショップに置いてありますが、ISBNが付いているので本屋さんでも注文できるのではないでしょうか。